(via onanie)
““こどもに戻りたいなら背伸びしなきゃ 背伸びをやめると大人になるよ” - penimama (penimama) on Twitter (via thinkupstudio, yasunao) (via nemoi) (via suzukichiyo) (via thinkupstudio) (via ak47) (via rngsnow) (via foreverbluebird) (via lunarlunatic) (via dannnao) (via dotnuke) (via orihika) (via magurohd) (via yellowblog) (via andi-b) よくわかり過ぎてつらい。 (via moznohayanie) (via ttttttext) (via sep7) (via mint005) (via huckleberryfieldsforever) (via kyoukochang) (via 0058g) (via 84mg) (via schocokuchen)(via akiakane-kuru-ri)(via cannot994k)(via utakataxxx)(via azuocun)(via abc—5)(via janejeantetran)(via usaginobike)(via andoesntknow)(via layer13)(via usisi)(via usaginobike)(via mediapicnic)(via mitaimon)(via iroha)(via tra249)(via yellowblog)(via sysmatsu20073)(via kuriz)(via jun26)(via nothinglessnessless)(via kazzxz)(via breaksole)(via flatmountain)(via zaiga)(via highlandvalley)(via moja-moja)(via petapeta)(via hnchk)”
— (via tkdsngn)
“「夜になると、暗くてよく見えない」などと言っている人は、馬鹿に違いない。様々な物の煌めき、飾り、色合いなどは、夜だから輝く。昼は簡単で地味な姿でも問題ない。だけど夜には、キラキラと華やかな服装がよく似合う。人の容姿も、夜灯りで一層美しくなる。話す声も暗闇から聞こえれば、その思いやりが身に染みてくる。香りや楽器の音も、夜になると際立ってくる。 どうでもよい夜更けに、行き交う人が清潔な姿をしているのは、この上もない。若い人は、いつ見られているか分からないのだから、特にくつろいでいる時などには、普段着と晴れ着の区別なく、身だしなみに気をつけよう。美男子が日が暮れてから髪を整え、美少女が夜更けに抜け出して、こっそりと洗面所の鏡の前で化粧を直すのは、素敵なことだ。”
— 徒然草 第百九十一段 - 徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋訳)
素敵
(via odakin)“落ち込んだり気分が沈んだ時に一番ヤバい感情は「面倒くさい」だと思う。これにハマるとしんどい。食事する、ゆっくり風呂に入る、外出する、部屋を掃除する。そういうハードルが高くなる。狂気の作家、平山夢明氏は「面倒くさいは狂うスイッチ」と言っていた。敵は暗い気分じゃない。面倒くささだ。”
— Twitter / tarareba722: 落ち込んだり気分が沈んだ時に一番ヤバい感情は「面倒く … (via udontaskforce)
— ブレイクスルーな言葉 (@breakthrough_jp) from Twitter: http://twitter.com/breakthrough_jp
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Edited by 空心 web: http://cooshin.com / facebook: http://facebook.com/cooshin
“何度目かわからないが同じことを書いておこう。むかし誰かが言った。「立つのに必要なのは足の裏の面積だけだが、ではそれだけを残して、それ以外の地面を深く削り取ってしまったら、果たしてあなたは立っていられるか?」いられまい。つまり無用こそが有用を支えているのだ”
— ヲノサトルさんのツイート (via mememememememememeworld)
“よく「好みの珈琲が判りません」と訊かれます。もし好みの珈琲が判らないときは、冷ました珈琲を飲んでみるとよいかもしれません。少し冷ました珈琲を飲んでも美味しいと感じたのでしたら、それが「好みの珈琲」。大抵のものはアツアツのうちは判りません。男女関係と一緒ですね。”
“喜納昌吉さんの曲である「ハイサイおじさん」に纏わる話はショッキングだった。 ハイサイおじさんは喜納さんの近所に住んでいた実在の人物をモデルにしているそうだ。そのおじさんが帰宅すると、家に毛布でくるんだものがあって、足が二本出ていた。自分の7歳の娘の足だということがわかり、触ってみると冷たい。毛布をめくると、首がない。ハイサイおじさんの奥さんが、子どもをまな板に置いて、斧で首を切り落としたのだ。そして土間の大鍋で、その頭を煮た。「自分の子どもなんだから、食べてもいいでしょう!」と言ったらしい。それを最初に見た隣のおばさんはショックで一年後に亡くなったそうだ。奥さんも精神病院に入れられて、退院したあと、自分のやったことの恐ろしさに耐え切れず自殺した。 沖縄戦で生き残った人の中に残る狂気が発露したのだろうか。しかし、ハイサイおじさんはその後、酒に溺れながら、みんなに疎まれながらも、陽気に生きていったらしい。それを歌にしたのが「ハイサイおじさん」だった。そんな地獄が背景にあるなどと一切感じさせないほど陽気な歌であるだけに、そのアンビレンツさに心が傾いでいくような錯覚に陥ってしまう。”
— ハイサイおじさん | Nambo no Monya? (via nozma) (via jumitaka) (via tsupo) (via iwadon) (via gkojax) (via gkojay) (via urza358) (via pinto)